包茎患者の日記です


by tsubaki986

彼女のなにげない仕草や表情を見るだけで

彼女のなにげない仕草や表情を見るだけで、「これを嫌がっているんじゃないか、
あれを嫌がっているんじゃないか」とびくびくするようになった。そして、レイプされている
彼女の姿が脳裏によぎり、絶交した元親友の顔も鮮明に浮かんできた。さらには彼女の体のう
えに乗っていると、男の権力を振りかざしているような罪悪感に襲われた。
「聞かされたことを思い出すんですよ、完全に思い出すんですよ。そうしているうちにだんだ
ん立たなくなって、やがてできなくなったんです。彼女のほうは精神的に克服してきて、エッ
チの最中に泣くことはなくなってきたんですよ。友達にそのことを平気で話せるようにもなっ
ていたし・・。でも逆に、僕のほうが深刻に悩むようになりました」
約一年半のつきあいでふたりは別れた。理由は「それとはぜんぜん関係ない」と矢口君は言
い張る。しかし不幸なことに、別れた後も、彼のED は続いたのだ。
「いまの彼女とも最初からダメなんですよ。入れる直前になると萎えちゃ、つんです。絶対大丈
夫だと思ってたのに:::。前の彼交のときはレイプのことが原因だとわかるけど、今度は瑚山
がないんですよ。エッチの最中にぜんぜん思い出さないですしね
ν
たぶんやる前から『できん
のかな’」と不安になって、余計に焦ってるのがいけないのかも背聞になっちゃったのか
な。この前はあんまりできなくて、彼女の前で半泣きになったら慰めてくれたけど、すごく白
けた空気なんで、いつふられるかハラハラしているんですよ」
以上が矢口君のED のあらましである。私は大きなショックを受けた。「どうしたらいいん
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でしょう?」と訊かれでも、「うーん」と捻ったきり答えようがなかった。なにしろ、これほ
ど切実な心理的原因があるED の体験談を聞いたことがなかったのだ。
いま振り返れば、私はこの告白のおかげでED に対する認識を改め、この本を書く動機を強
めたといっても過言ではない。
お恥ずかしいことに、私の中にも心因性のED を「特殊」とする偏見があったのだが、考え
てみれば、矢口君のような体験は誰が遭遇しても不思議ではない。そして普通の感覚の持ち主
ならば、その状況では勃起できなくなるのが当然である。私だって同じような心理状態に陥り、
同じような身体症状に見舞われただろう。決して特殊なことではない。極めて人間らしい普遍
的な現象なのだ。
私はED という身体症状をフィルターにして、人間の心の深い聞を探究してみたくなった。
決して物見遊山的な態度には陥ることなく、私自身の問題も逆照射されることを切に望みなが
らこの問題に向き合おうと決心した。したがって、本書に執筆したのはすべて心因性のED で
ある。中にはED という枠を越えた性障害もある。まさに性の迷宮の世界だ。この中に自分自
身を映し出す鏡はいくつ埋まっているだろうか。
ED に関する基礎知識
さて、その話に入る前に、もう少しED についての基礎知識を解説しておこう。
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プロログ
まずこの言葉の由来である。ED とは、〈何百円丘一巾口百円525 コ(勃起不全・勃起障害
)〉

頭文字をとった略語である。専門的な定義は、「性交時に十分な勃起が得られないため、ある
いは十分な勃起が維持できないため、満足な性交が行えない状態」を意味する。
周知のように、従来は「インボテンス(
EU222 こという言葉が使われていた。インポ
テンスとは、能力・活力・精力・強さ・生殖力を意味する〈
U222 〉の否定形である(接頭
語「
E 」は「1 ない」の意)
。つまり語源通りに意味を解釈すれば、「能力がない、活力がな
い、強さがない、生殖力がない」ということである。日本では「男性不能症」と訳された。し
かしアメリカでは九十年代、患者に対して差別的・侮辱的であるという理由で医師たちはイン
ポテンスの使用をやめるようになり、代わりに「ED 」という表現が定着している。日本でも
アメリカに見習い、従来の「日本インポテンス学会」を一九九五年一月に「日本性機能学会」
と改名するなどして、医学界でインポテンスという
一言
葉は抹消されつつある。
先ほどED は決して特殊ではないと述べたが、それは統計的にもはっきりと証明されている。
医師や疫学者でつくる「成人男性の健康と性に関する調査委員会」が一九九八年に行った全同
調査(三十歳j七十九歳の男性二千人を対象)によると、「いつも勃起できない」(完全型EDて
あるいは「たまに勃起できる」(中等症ED )と答えた人は、四十代前半で卜六パーセント、
後半で・一卜パーセント、五十代前半で三十六パーセント、後半で凹ト七パーセントだった。
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by tsubaki986 | 2013-09-29 02:00